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東京高等裁判所 昭和52年(う)2003号 判決

裁判所書記官

杉本恒明

本籍

和歌山県西牟婁郡串本町潮岬一三八一番地の一

住所

東京都渋谷区千駄ケ谷三―三―二三

原宿ペアシテイ五〇一号

会社役員

鈴木源吾

明治四〇年一〇月一二日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五二年七月二五日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官鈴木薫出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人富永赳夫作成名義の控訴趣意書および同補充書に、これに対する答弁は、検察官河野博作成名義の答弁書にそれぞれ記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意書第一および同補充書について

所論は、要するに、原判決は、原判決添付の別紙(一)ないし(三)各修正損益計算書中の雑所得のうち「販売超過利益配分金」「技術員派遣提供報奨」および同別紙(二)修正損益計算書中の配当所得のうち「配当収入」の各勘定科目において、当該年度に所得として発生したものではないものや、そもそも被告人の所得ではないものなどを計上しており、その結果、原判示第一ないし第三の各罪中の実際総所得金額、正規の所得税額、逋脱税額の認定を誤つており、右誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのであり、以下において順次検討することにする。

(一)  販売超過利益配分金について

所論は、要するに、販売超過利益配分金(以下単に利益配分金という。)を被告人の所得として計上すべき時期は、インドネシア国アンボン市所在のP・T・マルクパール・デイベロツプメント(以下単にM・P・Dという。)とわが国のアラフラ真珠株式会社(以下単にアラフラ真珠という。)との取引の形態、利益配分金の分配の方法、送金の状況などからすると、M・P・Dがアラフラ真珠から送金を受けて現実に利益配分金を取得した後、被告人がM・P・Dから被告人自身の銀行口座(主として東京銀行赤坂支店)へ送金を受けた時点であると解すべきであるのに、原判決が、いまだアラフラ真珠からM・P・Dへの送金もなされておらず、したがつて本来為替差損益なるものも生ずるはずがない共同評価額の決定の時点などにおいて、すでに被告人の利益配分金が所得として発生したとして各年の利益配分金を算出計上したことは事実誤認である、というのである。

よつて検討するに、関係証拠によれば、インドネシア国アンボン市所在のM・P・Dが生産した養殖真珠はすべてわが国に輸入され、アラフラ真珠の手により販売されていたこと、右養殖真珠がアラフラ真珠によつて販売される際の価格は、輸入の際の通関にあたりわが国の海外真珠輸出水産業組合によつて定められる価格すなわち共同評価額をはるかに上回るものであるところ、M・P・Dの帳簿上は共同評価額をもとに整理され、実際の売上額と共同評価額との差額を販売超過利益と称して、これをM・P・D側とアラフラ真珠とで分け、M・P・Dが取得する分についてはインドネシアの慣習などに従い同社の創業者である被告人と現地のヘルマン・ピーター(M・P・Dの代表者)が個人的に取得するという方法をとつており、この被告人の取得分が本件にいう利益配分金であり、その算出方法は、結局、昭和四八年一月一日から同年八月一九日までは実際売上金額から中間売上金額を控除した金額の二分の一とされ、昭和四八年八月二〇日以降改訂されてからは、共同評価額の一〇〇分の一〇となったこと、しかしながら、昭和四八年八月二〇日から同年一二月末日までに輸入した分(インボイスNO.R6~R8)については、実際には共同評価額の一二〇パーセントを超える金額をピーターに通知し、これと共同評価額との差額の二分の一をピーターの取得分としたため、ピーターの取得分は前記の算出方法によるより多額となり、したがつて、その結果被告人の取得分は、共同評価額の一〇〇分の二〇からピーターの取得額を控除した金額となり、前記計算方法によるより少額となつたこと、がそれぞれ認められる。

ところで、原判決は、利益配分金の被告人の所得としての計上年度をつぎのように認定していることが明らかである。すなわち、昭和四八年中にM・P・Dから輸入した分(インボイスR1~R8)の利益配分金については、ピーターへの中間売上金額およびピーターの取得分の通知のための書面である「STATEMENT OF SHARING PROFIT」と題する書面(被告人の大蔵事務官に対する昭和五一年一一月一二日付質問てん末書添付のもの)の作成日付である一九七三年(昭和四八年)一二月一五日に収入すべき金額が確定したものとして同年中の所得として計上し、昭和四九年中にM・P・Dから輸入した分(インボイスNO.R1~R5)の利益配分金については、各インボイスごとの評価結果報告書(共同評価額を定めたもの)の日付の日に収入すべき金額が確定したものとし、その日付がいずれも同年中であるためすべて同年中の所得として計上し、また、これに、前年八月二〇日に改訂された算出方法を、改訂前に輸入した昭和四八年インボイスNO.R5の分にも適用することが昭和四九年三月に正式に決定されたことに伴い同月三〇日に被告人の預金口座に入金された精算金を加えていること、昭和五〇年中にM・P・Dから輸入した分(インボイスNO.R1~R6)の利益配分金については、昭和四九年と同様、各インボイスごとの評価結果報告書の日付の日に収入すべき金額が確定したものとし、右日付がいずれも同年中であるところから、同年中の所得として計上しているのである。そこで原判決の右のような認定の当否について検討するに、(1)前記認定のような利益配分金の算出方法において必要な数額である実際売上金額(昭和四八年インボイスNO.R1~の関係で)、中間売上金額(前同)、ピーター取得額(同年インボイスNO.R6~R8の関係で)、共同評価額は、原判決が採用する計上時期においていずれも具体的に明らかR5になつており、所論のいうような、その時点で計算の基礎となる数額が不確定であるというわけではなく、したがつて、右時期において利益配分金を具体的な金額として特定することができること、(2)輸入された養殖真珠はいずれも輸入後数ケ月の間に、共同評価額より相当高値で販売されており、被告人が確定額どおりの金額を現実に取得することが事後において困難となる事態はほとんど考えられないこと、(3)M・P・Dとアラフラ真珠との取引関係は委託販売類似のものであつて、アラフラ真珠がM・P・Dから輸入した真珠はわが国内に引取後もいぜんとしてM・P・Dの所有であり、したがつてその販売代金も当初からM・P・Dに帰属するのであり、所論のいうようなシンガポールのP・T・コラコラ松沢口座やM・P・Dの口座に送金してはじめてM・P・Dが取得するという性質のものではないこと、(4)被告人はアラフラ真珠およびM・P・Dの創業者であり、M・P・Dにおける立場は形式的には副社長であるけれども、実質は被告人が一切の権限を掌握しており、利益配分金の送金や処分などは社長であるピーターの事務上の決裁を得るまでもなくもつぱら被告人および現地において被告人の意を体して活動していた松沢において処理が可能であつたこと、(5)前記認定の昭和四九年に受けた昭和四八年インボイスNO.R5の精算金は被告人がアラフラ真珠の口座から直接支払を受けているものであるところ、このようにいつたん国外へ送金するという方法をとらなくても被告人が利益配分金として取得することも、手続上可能であつたこと、(6)P・T・コラコラ松沢の口座ないしはM・P・Dの口座へ送金された後、わが国の被告人の口座へ送金するという処理をする前に、被告人の利益配分金として現地において使用することも可能であり、また、現実にも使用していること、などがそれぞれ関係証拠によつて認められるのであり、先にみた本件利益配分金の性質に加えてM・P・Dとアラフラ真珠の取引の形態、M・P・Dにおける被告人の地位をはじめとする右のような諸事情などを総合考慮すると、本件利益配分金は、所論のいうような国外に送金されてはじめてM・P・Dに帰属し、さらにそれがわが国の被告人の口座に入金されてはじめて被告人の所得として計上しうるというような性質のものではなく、原判決の採用する時点で被告人の所得として計上認定することが相当であると考えられるのである。なお、被告人は当審公判廷において、本件逋脱年度以降は税務当局においても被告人の口座へ入金された時点において所得として計上するという処理方法がとられている旨供述しているが、そのことから直ちに本件のような処理方法をとることが誤りであつたということにはならず、もし処理方法の変更により重複計上という事態が生じたとしても、後年度において修正処理すれば足りることであるから、右認定を左右するものではない。

以上のとおりであつて、利益配分金の被告人の所得としての計上時期につき、原判決には所論のような事実誤認はなく、論旨は理由がない。

(二)  技術派遣提供報奨について

所論は、要するに、原判決は、技術派遣提供報奨(以下単に技術提供収入という。)についても利益配分金と同様の誤りをおかしているうえ、被告人が昭和四八年一〇月八日に現実に取得した一〇〇〇万円につき同年中の技術提供収入として計上しているけれども、これは同年中に発生した所得とすべきかどうかきわめて疑問である、というのである。

よつて検討するに、関係証拠によると、技術提供収入は、M・P・Dとアラフラ真珠とがそれぞれ共同評価額の一〇〇分の五ずつを取得することとなつていたこと、アラフラ真珠が技術提供収入を取得するのはともかく、もともとM・P・Dが右収入を取得することは実体にそぐわないものであり、実際は被告人やM・P・Dの現地の役員であるスマントリーが個人的に利益の分配を受けるための方法として採用されたものであるので、M・P・D取得分については一応その一〇〇分の二を被告人が、一〇〇分の三をスマントリーが個人的に取得することになつていたのであるが、従来必ずしも右の割合どおりに配分されておらず、昭和四八年分については、同年一〇月八日、アラフラ真珠が預り金として取得していた金員のうちから被告人が技術提供収入として支払を受けるとともに後記一〇〇〇万円を受領しており、これらを同年中の所得として計上していること、昭和四九年分については、対スマントリーとの関係では被告人が取得することとなつている共同評価額の一〇〇分の二につき、実際は、インドネシア基金として一〇〇分の一、松沢ほか二名のM・P・D関係者に合計一〇〇分の〇・五、被告人に一〇〇分の〇・五とそれぞれ自動的に配分することになつていたので、各インボイスごとの評価結果報告書の日付の日に収入すべき金額が確定したものとして計上したこと、昭和五〇年分については、インドネシア基金として一〇〇分の一、被告人に一〇〇分の一とそれぞれ自動的に配分することになつていたので、前年同様各インボイスごとの評価結果報告書の日付の日に収入すべき金額が確定したものとして計上したこと、がそれぞれ認められる。このように、原判決は、共同評価額が決定した時点においてまだ配分割合が未確定であつた昭和四八年分については被告人の取得分が区分され現実に精算して支払を受けた時点でとらえているからまつたく問題はなく、また、昭和四九、五〇年分については、算出の根拠となる共同評価額が決定し、したがつて自動的に被告人の取得分が具体的な金額として算出される時点をそれぞれ本件技術提供収入の所得としての計上時期としているのであつて、先に認定した本件技術提供収入の性質からすると前記(一)において検討したところがそのままあてはまるのであり、本件技術提供収入の所得としての計上時期につき原判決には所論のような事実誤認はなく、論旨は理由がない。

さらに、一〇〇〇万円の件についても、関係証拠によると、当初スマントリーと被告人の配分割合が不確定であり、アラフラ真珠において預り金として処理していたところ、被告人は自己の取得分とスマントリーの取得分を明確に区分する意図で昭和四八年一〇月八日スマントリーの預金口座を設けて同人の取得分を移し、残額である一〇〇〇万円を被告人の取得分として受領したものであることが認められるのであるから、これを昭和四八年中の所得として計上することはまことに正当であつて、論旨は理由がない。

(三)  配当収入について

所論は、要するに、原判決添付の別紙(二)修正損益計算書中の配当収入の当期増減金額欄の金額のなかにはアラフラ真珠からの株式配当金一〇〇万円が計上されているところ、そのうち二五万円は鈴木馨および田島房市名義の株式からの配当金であり、かつ、現実にも右両名がそれぞれこれを受領しているのであつて被告人の所得ではないから、右二五万円をも被告人の配当収入として計上している点において原判決には所得税法一二条の解釈適用の誤りがあり、ひいては事実の誤認がある、というのである。

よつて検討するに、被告人は大蔵事務官に対する昭和五一年一一月一九日付質問てん末書において、鈴木馨名義の三六〇株のうち六〇株および田島房市名義の四〇株がいずれも実際は被告人の所有であり、したがつて右合計一〇〇株分の配当金二五万円が被告人の所得であることを明確、かつ、具体的に供述しており、他に右供述の信用性を疑わせるような特段の事情はなく、被告人は原審公判廷においても右所論の点を争つていないことなどからすると、原判決が右質問てん末書をはじめ関係証拠により、右二五万円を被告人の配当収入と認め、これを計上したことは当裁判所においても優にこれを骨認することができるのである。もつとも、前記質問てん末書によれば、右配当金が実際には株式名義人である両名に渡つていることがうかがえるが、証拠上それは被告人から両名へ新たな処分がなされたものとみられるから右認定の妨げとはならず、結局原判決には所論のような事実誤認ないし法令適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

二  控訴趣意第二について

所論は、要するに、被告人は毎年所得税確定申告書の提出時期ころ海外に滞在するため自らこれを作成提出することができず、したがつて被告人の国内における所得を知悉している前田藤太郎に原判示昭和四八年分の、同じく鈴木馨に同四九、五〇年分の各確定申告書の作成提出事務一切を委せ、右両名に対し、ありのまま申告するように指示していたのであるから、被告人の国内における所得のうち申告漏れとなつた部分は右両名の単なる過誤に基づく結果としての過少申告にすぎず、被告人には右部分につきいわゆる逋脱の故意がなく、これにより免れた税額については所得税法二三八条一項の罪は成立しないのであつて、それにもかかわらず、被告人の国内における所得の申告漏れの部分をも含めて同罪の成立を認めた原判決には事実の誤認があり、右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

そこで検討するに、関係証拠によると、被告人は自己の所得税確定申告書を提出すべき所轄税務署が和歌山県田辺税務署であるところから、昭和四八年分についてはアラフラ真珠の経理担当者であり地元に居住する前田藤太郎に、また、同四九、五〇年分については被告人の養子であり地元に居住する鈴木馨にそれぞれ右の確定申告書の作成、提出方を依頼したものであることが認められるところ、昭和四八年の不申告分は、いずれも関係会社などから東京にある被告人の取引銀行の口座に直接送金されているものやアラフラ真珠の東京営業所の帳簿を中心に処理され直接右同様被告人や妻久恵の東京の預金口座に送金されているものなど、地元にいる前田にとつて把握することが困難なものばかりであり、同四九、五〇年分についても右と同様のことがいえるうえ、アラフラ真珠の経営、経理に深く関与しているわけではない鈴木にとつてとうてい把握しきれないものばかりであつたことが認められるのであつて、このような状況にあつたにもかかわらず、被告人は積極的に両名に対して自己の所得の実情を説明して申告を指示したとの事跡はまつたく無く、また、M・P・D関係の所得を両名に知らせず、申告の意思がなかつた被告人がそれ以外の所得についてはすべて正直に申告するつもりであつたということはいかにも不自然であることなどをあわせ考えると、本件公訴事実を認める旨の被告人の原審公判廷における供述、被告人の大蔵事務官に対する昭和五一年一二月一七日付質問てん末書、被告人の検察官に対する昭和五二年二月三日付供述調書(原審記録三〇七丁以下のもの)をはじめ原判決挙示の証拠を総合すると、被告人自身は、M・P・D関係の所得ばかりでなく、前田や鈴木が把握しきれない所得については申告からはずされ、税を免れることを容認していたものを認めることができるのであつて、M・P・D関係以外の所得の不申告分についても逋脱の故意があつたことが明らかであり、したがつて、原判決には所論のような事実誤認はなく、論旨は理由がない。

三  控訴趣意第三について

所論は、要するに、被告人に対する原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。

よつて検討するに、本件は昭和四八年ないし同五〇年の三年間にわたる所得税の逋脱事犯であるところ、この種事犯の罪質に加え、逋脱税額が合計一億七〇〇〇万円余にもおよぶこと、その手段、態様は、海外会社から受ける利益配分金などをすべて除外するなど、和歌山県所在の所轄税務署において被告人の所得を捕捉することが著しく困難であることを巧妙に利用したものであること、申告所得額の実際所得額に対する割合が各年ともきわめて低率であることなどを考慮すると、その犯情は重いといわざるをえないのであり、本件の動機が私利私欲からのみ出たものではないこと、被告人が本件を反省し、本件発覚後、本税、過少申告加算税等を納付したことや、被告人の事業歴、年令など記録上うかがえる被告人のために酌むべき諸事情を十分に斟酌しても、被告人に対して原判決程度の懲役刑(執行猶予付)および罰金刑を科すことはまことにやむをえないところであつて、原判決の量刑が重過ぎるものとは認められず、論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 堀江一夫 裁判官 石田穣一 裁判官 森真樹)

○昭和五二年(う)第二〇〇三号

控訴趣意書

被告人 鈴木源吾

右の者に対する所得税法違反被告事件について、控訴の趣意は左記のとおりである。

昭和五二年一二月一二日

弁護人 富永赳夫

東京高等裁判所 第一刑事部 御中

第一、原判決が認定したほ脱所得中には、全く発生していない所得および当該年度に発生したものではない所得が含まれており、判示各事実の「実際総所得金額」、「正規の所得税額」にはいずれも重大な誤認がある。

一、販売超過利益配分金(以下利益配分金という)について。

1 インドネシア国アンボン市所在のP・T・マルク・パール・デイヴエロツプメント(以下MPDという)はその生産した養殖真珠の全量を日本のアラフラ真珠株式会社(以下アラフラ真珠という)に輸出していたものであり、その輸出価額は我が国の海外真珠輸出水産業組合が決定する共同評価額と等価とされていた。アラフラ真珠が右共同評価額以上の価額で販売した場合に生ずる販売利益(MPDではこれを販売超過利益と呼んでいた)は、MPDとアラフラ真珠との間で分配するとの約定が両社間に存したものであり、MPDの受ける販売超過利益は、昭和四八年八月二〇日以前は最終売上額から共同評価額を控除した額の二分の一とされており、右同日以降は共同評価額の二〇%相当額とされていた。被告人はMPD社長のヘルマン・ピーターと二人で、MPDの創業者として、MPDより販売超過利益の配分を受けていたものである。

2. 被告人が利益配分金を受けたのはMPDからであつて、アラフラ真珠からではない。MPDが被告人およびピーターに対して利益配分をなし得るのは、MPD自身が販売超過利益を取得した後であるのは言うまでもない。では、MPDが販売超過利益を現実に手にするのは何時か?アラフラ真珠より販売超過利益が現実に送金された時である。アラフラ真珠よりシンガポール東京銀行のMPDの口座(名義はP・T・コラコラ・松沢)に販売超過利益の送金があつた場合、MPDはただちに被告人およびピーターに対する利益配分を実行していたのであるから、MPDより被告人の口座(主として東京銀行赤坂支店)に現実に利益配分金の送金のあつた時点をもつて、被告人に利益配分金の所得が発生したと認めるべきである。

3. しかるに、原判決は共同評価額の決定のなされた時点をもつて利益配分金の所得の確定ありとした。

そもそも販売超過利益なるものはアラフラ真珠の現実の販売活動を経て初めて発生するものであるという基本たる事実を考え合せると、原判決の採用した右認定の虚構性がたちまち明らかになる。成程、利益配分金自体は共同評価額を基準として計算されるのであるから、共同評価額の決定のあつた時点で将来配分を受けるべき額自体は定まると言い得る。しかし、これは計算上の金額と言うを一歩も出ず、MPD自身が販売超過利益を現実に取得してもいないのに、被告人に対してその配分をなし得よう筈がない。

なお、昭和四八年八月二〇日以前の被告人の利益配分金については、収税官史佐多教右作成の回答書がその1(1)、イ、で明記しているとおり、(最終売上マイナス中間売上)の二分の一であるから、最終売上が確定しないうちは利益配分金の額さえ決まらないことが明らかである。

4. MPDより被告人の口座に現実に利益配分金が送金された時に所得の発生ありと認めるべきであるから、未だ送金のない分は利益配分のなされていないものと言うべきであるし、また送金日時のズレによる為替差損益なるものは発生する余地がない。

5. 右に述べたとおり、原判決判示の「実際総所得金額」には重大な誤認が存ずるので、その誤認の具体的内容については、インドネシア、シンガポールの関係方面を精査のうえ追つて補充書において明らかにする。

二、技術員派遣提供報奨について

1. 右報奨についても利益配分金と理は同一であり、共同評価額の決定により被告人が将来受けるべき報奨の額が定まるからといつて、共同評価額の決定をもつて所得の発生ありとなし得るものではない。アラフラ真珠よりMPDに輸出代金の支払がなされ、その後にMPDより被告人に現実に送金のなされた時点をもつて所得の発生ありと認めるべきである。この点についても、原判決の誤認の具体的内容は補充書において明らかにする。

2. 被告人は昭和四八年一〇月八日従来アラフラ真珠に預けていた技術員派遣提供報酬中、一、〇〇〇万円を取得したとされている。右取得日時から右一、〇〇〇万円は昭和四八年度の所得と計上されているのであるが、被告人がアラフラ真珠に預けた時点をもつて所得の発生ありとなすべきであるところ、右預託の日時は何ら明らかにされていない。

三、配当収入について

被告人が昭和四九年度においてアラフラ真珠より受けた配当は一〇〇万円とされているが、内二五万円は株式名義人たる鈴木馨および田島房市が受領しており、被告人が受領したのは七五万円のみである。

第二、虚偽の所得税確定申告書提出に関する故意について。

一、所得税の確定申告書を提出すべき二月一六日から三月一五日までの期間は、被告人においてMPDの決算のため毎年インドネシアを訪問している。そのため、被告人自身が確定申告書を提出することが不可能であり、被告人の国内における所得(国外からの送金による所得を除いた所得)を知悉している第三者に確定申告書の作成、提出の事務一切を委せていた。

二、昭和四八年度の確定申告書を作成、提出したのは前田藤太郎であり、昭和四九、五〇年度のそれは鈴木馨であるが、被告人は右両名に対し「ありのままに申告しろ」と指示していたものであつて、国内における所得について虚偽申告をなさんとの故意は全くなかつた。結果として実際の所得とくい違いがあつたとしても、それは単に右両名の過誤に基づくものに過ぎない。

第三、情状

一、販売超過利益の配分なる操作の開始は、被告人が我が国よりインドネシアに派遣している日本人従業員に対する保障の設定を考えたのがその出発点であつた。インドネシア国内の政情が安定を欠いているのは公知であり、クーデーター等の政情不安にまきこまれた場合、その他事故、疾病等の一切の災害について派遣従業員は何らの保障をも有していない。自らが従業員に対し派遣の全責任を負つていると強く自覚していた被告人は、従業員に対する保障の一環として販売超過利益の配分なる操作による資金の蓄積を開始したのである。当初この利益配分金は国内へ送金する予定がなく、シンガポールにおいて積立てる予定であつたことは、被告人の収税官史に対する昭和五一年一一月一一日付質問てん末書末尾添付の松沢満の書簡により明らかであり、右事実は派遣従業員に対する保障のためであつたとの被告人の弁解を十分裏付けている。海外、特にインドネシアのような特殊な政治、社会情勢下において事業の経営を志す被告人が、その特殊性に応じて派遣従業員の保障のため資金の蓄積を計画したとしても、そのこと自体は責めるられるべきことではない。販売超過利益の配分を受けるという操作自体は、被告人のむしろ善意から出発していることを情状として考慮して戴きたい。

二、被告人が利益配分を受けたのは、インドネシア法人であり合弁会社であるMPDからである。そして、販売超過利益自体は、MPDとアラフラ真珠の約定に従つて、日本側とインドネシア側へ均等に配分された販売利益のうちのインドネシア側の利益に由来する。本来インドネシア側に帰属すべきであつた利益から、被告人は自己の創業者という立場を利用して、日本側へさらに配分させることに成功したものである。このことはMPDが合弁会社であることを考慮すると、創業者である被告人においてのみ可能だつたと言うべきであり、被告人の行為自体は我が国の国益に合致するものであつたと言うことができる。

三、検察官は「本件が法の盲点を利用した点で悪質なものである」と主張するが、被告人は利益配分金を直接銀行送金させているのであり、送金に関し穏匿のために何らの操作をも加えてはいないのであるから、「法の盲点を利用し」たなどとは言えないことが明らかである。銀行関係を調査されれば右送金の事実はただちに判明するのであり、事業家たる被告人も当然それは予期していたのである。このことは被告人において海外からの送金による所得をことさら隠匿しようとの強い意思も、またその計画性も殆んど有していなかつたことを十分示すものである。

四、東京国税局による査察を受けた後、被告人は昭和四七、四八、四九、五〇年度について修正申告書を提出した。右修正申告により被告人が納付した税額は二億二六二四万八三三〇円(本税一億七六五四万八〇〇〇円、過少申告加算税八八二万七一〇〇円、延滞税一二四九万四六〇〇円、地方税二八三七万八六三〇円)である。また、本件公訴提起を受けた後、被告人は昭和五一年度について確定申告書を提出し、税額七一九四万二二三〇円(本税五一九三万八五〇〇円、利子税三九万九六〇〇円、地方税一九六〇万四一三〇円)を納付した。従つて、被告人が昭和五二年中に納付した税額は合計二億九八一九万〇五六〇円に達する。右税額の納付のため被告人は銀行より借入を受けたほか、ひとかたならぬ苦心を払つた。

納付義務の遂行のため最大限の努力を続けた被告人の態度を、悔悛の情の一つの証左として、何卒斟酌して戴きたい。 以上

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